BOB MARLEY

ボブ・マーリー(Bob Marley、1945年2月6日 – 1981年5月11日、出生名ロバート・ネスタ・マーリー Robert Nesta Marley)は、ジャマイカのレゲエミュージシャン。その音楽はラスタファリ運動の思想を背景としており、彼の音楽と思想は数多くの人々に多大な影響を与えた。

マーリーの楽曲「アイ・ショット・ザ・シェリフ」が全米ビルボードチャート1位を獲得する。(この曲はエリッククラプトンをはじめ数多くの音楽家がカヴァーした。)同年、バニー・ウェイラー、ピーター・トッシュがウェイラーズから脱退したため、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズとして新たに活動を開始して、10月にアルバム『ナッティ・ドレッド』を発表。

1976年、プロデューサーのクランシー・エクルズらと共に人民国家党 (PNP) の政治キャンペーンに参加したことからマイケル・マンリー率いるPNPと、エドワード・シアガが率いるジャマイカ労働党 (JLP) の二大政党の対立抗争に巻き込まれ、12月3日に狙撃され重傷を負い、亡命を余儀なくされる。

1977年、モデルで1976年度ミス・ワールドのシンディ・ブレイクスピアと交際を開始。

1978年 ジャマイカに舞い戻り、4月22日にキングストンで「ワンラブ・ピース・コンサート」に出演する。このとき、コンサートを見に来ていたマイケル・マンリーとエドワード・シアガの2人の党首をステージ上に招き、和解の握手をさせた。7月21日、シンディがダミアン・マーリーを出産する。

1979年には、4月から日本、オーストラリア、ニュージーランドで公演を行った。さらにかねてからの念願であったラスタファリズムの聖地、エチオピアをはじめとするアフリカの国々を訪問。このときの体験をもとにアルバム『サヴァイヴァル』を発表している。

1980年 アルバム『アップライジイング』発売。 西アフリカ、カンボジアの大統領の誕生日パーティーで演奏。

1981年5月11日、療養先のドイツからジャマイカに向けて帰国の途のつく途中で容態が悪化、アメリカ・フロリダ州の病院で妻と母に見届けられ、死去。最終的な死因は脳腫瘍と癌の肺への転移によるものとされている。36歳没。同月21日、キングストンにて国葬された。

出生名
Robert Nesta Marley
別名
タフ・ゴング
出生
1945年2月6日 ジャマイカ セント・アン教区ナイン・マイルズ
死没
1981年5月11日(満36歳没) アメリカ合衆国フロリダ州
ジャンル
レゲエ、ロック
職業
歌手、ソングライター、ギタリスト
担当楽器
ギター、ボーカル
活動期間
1962年 – 1981年
レーベル
スタジオ・ワン、ビヴァリーズ、アップセッター、トロージャン、アイランド、タフ・ゴング
共同作業者
ウェイラーズ、ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ、リー・ペリー

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